大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台高等裁判所秋田支部 昭和63年(ラ)7号 決定

7号事件抗告人 11号事件相手方 野々村孝治

7号事件相手方 野々村礼子 外9名

11号事件抗告人 7号事件相手方 野々村礼子

11号事件相手方 野々村孝治 外8名

被相続人 野々村ツル

主文

原審判を取消す。

本件を秋田家庭裁判所に差戻す。

理由

1  抗告人両名は、いずれも「原審判を取消し、本件を秋田家庭裁判所に差戻す。」との決定を求めた。

その理由につき、(1)事件抗告人野々村孝治は、「本件の遺言公正証書は、専ら相手方川本タツの発案にかかるものであり、被相続人野々村ツルの意思に基づいて作成されたとはいい難い。しかも、遺言者であるツルが公証人に対して口授していないから無効である。従つて、原審判添付の物件目録(1)ないし(4)の不動産を遺産の範囲に入れなかった原審判は不当である。」とし、(2)事件抗告人野々村礼子は、右と同旨の内容のほか、「推定相続人で且つ受遺者である相手方川本タツが立会つているので、この点からしても本件遺言は無効である。」との理由を加えた。

2  そこで検討するに、記録によつて認めうる本件公正証書遺言がなされた際の状況は次のとおりである。

遺言者であるツルは、昭和37年頃いわゆる中風で倒れ、以来殆ど寝たきりの状態であつた。同女は同年12月頃から○○市○○○町×番地で4男の野々村光太郎及びその妻である広子夫妻の看護を受けて療養して来たが、右光太郎は昭和39年12月12日に死亡した。

本件公正証書が作成されたのは同月22日である。ツルが公正証書遺言をしようということになつた事情を伝えるのはタツだけである。同女によれば、その2日ほど前の同月20日頃、タツが居住地である○○市から右広子方を訪れてツルを見舞つた際、ツルが突然遺言をしておきたいと言い出した、そこでタツは知合の元弁護士に相談して公正証書遺言をするのがよいと教えられ、○○○○公証人の役場に行つてその旨を依頼し、ツル所有不動産の登記簿謄本や印鑑証明書を用意しておくようにとの指示を受け、そのように準備して当日を待つたというのである。証人(立会人)2名の選定と依頼もタツがした。

当日は同公証人がツルの前記居宅まで赴きその枕許で本件公正証書を作成した。立会証人となつたのは本家筋の野々村佐知子と光太郎の同級生であつた小清水義一であつたが、タツもツルが臥つている部屋に居た。

ツルは上体を起すことはできたし、意識もあったが、言葉の音量はかすかであり、その口許に耳を近づけなければ聞きとれない程度であつた。公証人に対する遺言内容の伝達は、タツが誰にどれだけということを言つて、これでよいかとツルに問いかけ、ツルが頷いたのに基づいて公証人またはその事務員が録取するという形で行われた。最後に公証人が全部の内容を読み聞かせ、これに対してツルは頷いた。

以上のとおりである。タツは、自分が遺言の内容を言つたことはもとより、同じ部屋に居たことも否定するが、当時のツルの病状からして、誰に対して何分の一という細かな計算をしたり、それを口頭で述べるというようなことは無理であると考えられるほか、タツ自身、その計算は公証人がしたと、同席した者でなければ分らない事実を述べていること等に照らせば、タツの供述は採用することはできない。

右認定事実からすると、ツルが口授したことにはならず、且つ、推定相続人で受遺者であるタツが事実上の立会人となつていた点で、民法969条1項2号及び974条3号に該当するので、本件の公正証書遺言は無効であるとしなければならない。

原審判はこれが有効であることを前提として遺産分割をしているので、原審判を取消して本件を秋田家庭裁判所に差戻す。

(裁判長裁判官 小林啓二 裁判官 田口祐三 木下秀樹)

参考 原審(秋田家 昭63(家)129号 昭63.3.16審判)

主文

1. 被相続人野々村ツルの遺産を次のとおり分割する。

(1) 別紙物件目録(編略)(1)ないし(4)記載不動産の昭和40年1月31日以降昭和61年12月末日までの賃料収益862,776円を次のとおり配分する。

相手方 野々村孝治  96,991円

相手方 野々村サヨ 413,532円

相手方 野々村誠   48,495円

相手方 野々村勝   48,495円

参加人 野々村礼子 255,263円

(2) 相手方野々村孝治は

相手方 野々村サヨに対し  413,532円

相手方 野々村 誠に対し   48,495円

相手方 野々村 勝に対し   48,495円

参加人 野々村 礼子に対し 255,263円

及び上記各金員につき本審判確定の日の翌日以降支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2.(1) 参加人川本タツは

相手方野々村孝治に対し 2,363,729円

相手方野々村サヨに対し 3,939,549円

相手方野々村誠に対し    787,909円

(2) 相手方野々村勝は

相手方野々村誠に対し  1,181,865円

(3) 参加人野々村礼子は

相手方野々村誠に対し  1,575,819円

及び上記各金員につき本審判確定の日の翌日以降支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3. 鑑定人奥平雄二に支払った鑑定費用は、次のとおり負担する。

相手方 野々村孝治 25,000円

相手方 野々村サヨ  8,330円

相手方 野々村誠  12,500円

相手方 野々村勝  12,500円

参加人 川本タツ  75,000円

参加人 野々村礼子 16,670円

理由

相手方野々村孝治(第1、第2回)、同野々村サヨ、参加人川本タツ、同小清水義一の各審問、証人小清水義一、同野々村佐知子(第1、第2回)の各証言及び鑑定人奥平雄二の鑑定の結果及びそのほかの本件記録に含まれる各資料に基づく当裁判所の事実認定及び法律判断は次のとおりである。

1. 相続の開始ならびに各相続人の相続分

(1) 被相続人野々村ツル(明治20年4月9日生)は昭和40年1月30日死亡し、その相続人は長女ヨシ、長男武司、二女タツ(参加人)、二男孝治(相手方)、四男光太郎の子である礼子(参加人、ただし礼子は胎児のまま代襲相続したもの)であり、その相続分は各1/5である。

(2) ヨシの死亡による相続

ヨシは昭和50年6月12日死亡し、これによりヨシの相続分1/5は二男誠(相手方)及び三男勝(相手方)が各1/10(1/5×1/2 = 1/10)の割合で相続した。

(3) 武司の死亡による相続

武司は昭和50年8月18日死亡し、その相続人は妻サヨ(相手方)、長女寿々子(相手方)、長男光一(相手方)、二女理恵子(相手方)であるところ、武司の相続人ら間に武司の遺産を全部サヨに取得させる旨の遺産分割協議が成立したので武司の相続分1/5はサヨの取得となった。

(4) 以上によると、ツルの遺産の最終的持分割合は次のとおりとなる。

誠  1/10

勝  1/10

サヨ 1/5

タツ 1/5

孝治 1/5

礼子 1/5

2. 遺贈

(1) 被相続人ツルは秋田地方法務局所属公証人○○○○作成第×××××号公正証書によ9昭和39年12月22日次の内容の遺言をした。

ア 別紙物件目録(1)~(4)記載不動産(以下「本件各不動産」という)を次の者

に対し次の割合で遺贈する。

タツに対し 1/2

ヨシに対し 1/6

孝治に対し 1/6

武司に対し 1/18

広子または広子が目下妊娠しているのでその胎児に対し1/9

イ 遺言執行者を小清水義一と指定する。

(2) 公正証書の文言中「広子または広子が目下妊娠しているのでその胎児に対し1/9」とあるのは、胎児が生きて生まれたときは胎児に対し、胎児が死んで生まれたときは広子に対し1/9を遺贈するという趣旨に解されるところ、生きて生まれた胎児が礼子であったから礼子に1/9を遺贈するという趣旨になる。

(3) 遺贈の効力について

ア 本件公正証書作成の経過は次のとおりである。

昭和39年12月22日○○○○公証人はツルの公正証書遺言を作成するため○○市○○○町×番地のツルの住居を訪問した。

当時ツルは中風のため歩行不能で寝た切りの状態であったが意識ははっきりし、また発語能力はあった。ツルの遺言に立会ったのは小清水義一、野々村佐知子及びタツであった。

遺言書作成の際タツがツルに対し「遺言の内容を何んとする」と尋ねたところ、ツルは「みんなで良い按配にしてくれ」と言ったので、タツが本件公正証書に記載されている持分割合で本件各不動産を取得させる旨発言し、「これでよいか」と尋ねたところ、ツルはうなずいていたが発語はしなかった。

小清水義一がツルに対し「佐知代(佐知子のこと)にはいろいろ迷惑をかけたから何かやるものはないか」と尋ねたところ、ツルは「あとだば何もない」と答えた。

公証人がタツの述べた内容を書き取りその内容を続んで「これでよいか」と確かめたところ、ツルはうなずいていたが発語はしなかった。

イ 考察

民法969条は公正証書によって遺言する場合の方式を規定し、遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授することを要件の一つとして規定している。しかして、遺言者が遺言の趣旨を口授するとは、一般的には、遺言者が遺言の要旨を把握できる程度に口頭で供述することを意味するところ、ツルはタツや公証人の質問に対しうなずいたけれども、遺言の内容について発語していないので、はたして口授があったといえる否かが問題となる。

ツルは「みんなでよい按配にしてくれ」と言い、これに応じてタツが遺言の内容を話したことからすると、ツルは遺贈するという意思を有していたけれども、誰にどれだけの持ち分割合で遺贈するかという遺言の内容については自己独自の明確な腹案はもっておらず、遺言の内容をタツに先ず提案させ、これに納得できればそれをそのまま自己の遺言の内容にする意思であったと考えられる。ツルは「みんなでよい按配にしてくれ」と言ったけれども、公証人の面前で遺言をしようという段階での発言であるから、遺言内容の提案を求められたのはその場にいた人だけであり、しかして小清水義一と野々村佐知子は相続人でないからタツを差置いて遺言内容を提案できる立場になく、ツルから遺言内容の提案を求められたのはタツだけとなるところ、遺言者が遺言内容を決定するにあたり他人の見解を参考とすることはもとより当然になしうることである。

ツルはタツの提案に対してうなずいたのであるが、当時ツルは判断能力と発語能力があったから仮にタツの提案に納得できないならこれを拒否ないし訂正していたと考えられること、判断能力と発語能力を有する者がうなずくことは「そのとおりです」と発語したのと全く同じ意思表示の方法と解されること、公証人がツルと面接している状況下で遺言内容の確定作業がなされているから、タツの話す内容を自己の遺言内容とすることにツルが不服であればツルの発語がなくてもその態度挙動から公証人はツルに不服があることを看取しえたことからすると、ツルがタツの言った内容を復誦せず、遺言内容について発語しなかったとしても、ツルは自己の遺言内容を態度挙動によって明瞭に意思表示したというべきであり、したがって遺言内容を黙示的に口授したということができる。

そうすると、本件公正証書は民法969条の要件に欠けるところはなく、本件遺贈は有効である。

(4) 以上によると、ツルの死亡当時における遺贈による本件各不動産の各相続人の持分割合は次のとおりとなる。

タツ 1/2

ヨシ 1/6

孝治 1/6

武司 1/18

礼子 1/9

(5) ヨシの死亡による相続

ヨシは昭和50年6月12日死亡し、ヨシの受贈分1/6は二男誠が1/12(1/6×1/2 = 1/12)、三男勝が1/12(1/6×1/2 = 1/12)の割合で相続した。

(6) 武司の死亡による相続

武司は昭和50年8月18日死亡し、その相続人間において武司の遺産は全部妻サヨに取得させる旨の遺産分割協議が成立したので、武司の受贈分1/18はサヨの取得となった。

(7) 本件各不動産の最終的持分割合

本件各不動産の最終的持分割合

以上によると、本件各不動産の最終的持分割合は次のとおりとなる。

タツ 1/2

孝治 1/6

サヨ 1/18

誠  1/12

勝  1/12

礼子 1/9

3. 遺産の範囲

ツルは本件各不動産を遺贈したので、遺産分割の対象となる遺産は孝治が本件各不動産を貸家及び駐車場として賃貸していることによって得られる賃料収益のみである。しかして、遺産分割の対象となる賃料収益はツルの相続が開始した日の翌日である昭和40年1月31日以降昭和61年12月末日までの分であるところ、その内容は別紙賃料収益計算表記載のとおり862,776円となる。孝治は昭和56年に駐車場経営をはじめたところ、本件各土地を駐車場にするための工事代金は700万円であったが、その支払い方法は毎年25万円28年間の年賦払いの約束であったから駐車場工事費は実際に支払った昭和56年年以降昭和61年まで毎年25万円だけを経費に計上した。昭和62年以降の未払工事代金は共有物である本件各土地の管理費用清算の問題である。また、昭和62年1月1日以降の本件各不動産の賃料収益は遺産分割の対象ではなく、本件各不動産の賃貸関係が継続する限り、共同賃貸人間の賃料収益の分配の問題である。

4. 特別受益

本件各不動産の昭和60年10月当時における価額の合計は242,200,000円である。

各人の遺贈を受けた持分割合の価額は次のとおりとなる。但し、端数処理をしてある。

(タツ)242,200,000円×1/2 = 121,100,000円

(孝治)242,200,000円×1/6 = 40,366,667円

(サヨ)242,200,000円×1/18 = 13,455,556円

(誠)242,200,000円×1/12 = 20,183,333円

(勝)242,200,000円×1/12 = 20,183,333円

(礼子)242,200,000円×1/9 = 26,911,111円

5.みなし相続財産

遺産862,776円に特別受益242,200,000円を加算すると、みなし相続財産は243,062,776円となる。

6. 一応の相続分

みなし相続財産に対し各人の相続分を乗じて一応の相続分を求めると、次のとおりとなる。但し、端数処理をしてある。

(誠)243,062,776円×1/10 = 24,306,278円

(勝)243,062,776円×1/10 = 24,306,278円

(サヨ)243,062,776円×1/5 = 48,612,555円

(タツ)243,062,776円×1/5 = 48,612,555円

(孝治)243,062,776円×1/5 = 48,612,555円

(礼子)243,062,776円×1/5 = 48,612,555円

7. 特別受益の控除

(1) 一応の相続分から特別受益を控除すると、次のとおりとなる。

(誠)24,306,278-20,183,333円 = 4,122,945円

(勝)24,306,278-20,183,333円 = 4,122,945円

(サヨ)48,612,555-13,455,556円 = 35,156,999円

(タツ)48,612,555-121,100,000円 = △72,487,445円

(孝治)48,612,555-40,366,667円 = 8,245,888円

(礼子)48,612,555-26,911,111円 = 21,701,444円

(2) タツの超過受益分72,487,445円を同人以外の相続人に配分すると、次のとおりとなる。ただし、端数処理をしてある。

(誠)72,487,445円×4,122,945円/73,350,221円 = 4,074,450円

(勝)72,487,445円×4,122,945円/73,350,221円 = 4,074,450円

(サヨ)72,487,445円×35,156,999円/73,350,221円 = 34,743,467円

(孝治)72,487,445円×8,245,888円/73,350,221円 = 8,148,897円

(礼子)72,487,445円×21,701,444円/73,350,221円 = 21,446,181円

8. 具体的相続分

(1) 前記7の(1)の特別受益控除後の一応の相続分から7の(2)のタツの超過受益分の配分額を控除して具体的相続分を求めると,次のとおりとなる。

(誠)4,122,945円-4,074,450円 = 48,495円

(勝)4,122,945円-4,074,450円 = 48,495円

(サヨ)35,156,999円-34,743,467円 = 413,532

(タツ)0

(孝治)8,245,888円-8,148,897円 = 96,991

(礼子)21,701,444円-21,446,181円 = 255,263円

(2) そうすると、賃料収益を管理している孝治はサヨに対し413,532円、誠及び勝に対し各48,495円、礼子に対し255,263円及び上記各金員につき本審判確定の日の翌日以降支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金を支払うべきである。

9. 固定資産税の清算

(1) 本件各不動産に賦課された固定資産税の清算は本来遺産分割の対象となるものではなく、訴訟事項である。しかし、訴訟事項であっても家事審判において判断することを妨げられないし、また本件の賃料収益の算定にあたり固定資産税を経費として計上しているのであるから、遺産分割審判において清算するのが訴訟経済の観点から是認されるというべきである。それゆえ、固定資産税の清算に関する給付命令を本審判の主文に掲げることとした。もとより、家事審判の主文に掲げられた給付命令であるから執行力は生ずるものの既判力を生ぜず訴訟において争うことを妨げられない。

(2) 昭和40年以降昭和61年まで本件各不動産について賦課された固定資産税は別紙賃料収益計算表の「固定資産税」欄記載のとおりであり、この合計は14,182,374円となる。これは本件各不動産の所有持分に応じて負担すべきものであるから、各人の分担額は次のとおりとなる。ただし、端数処理をしてある。

(タツ)14,182,374円×1/2 = 7,091,187円

(孝治)14,182,374円×1/6 = 2,363,729円

(サヨ)14,182,374円×1/18 = 787,909円

(誠)14,182,374円×1/12 = 1,181,865円

(勝)14,182,374円×1/12 = 1,181,865円

(礼子)14,182,374円×1/9 = 1,575,819円

(3) ところで、14,182,374円を孝治、サヨ、誠が1/3ずつ支払ってきたから、同人らの支払額はそれぞれ4,727,458円(14,182,374円×1/3=4,727,458円)となる。

(4) そうすると、別紙固定資産税分担表記載のとおり固定資産税の支払額の過不足を清算すべきである。これによると、

ア タツは孝治に対し2,363,729円、サヨに対し3,939,549円、誠に対し787,909円(この合計が7,091,187円となる)

イ 勝は誠に対し1,181,865円

ウ 礼子は誠に対し1,575,819円

及び上記各金員につき本審判確定の日の翌日以降支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金を支払うべきである。

10. 鑑定費用の分担

本件各不動産の価額を評価した鑑定人奥平雄二に支払った鑑定費用は遺贈された持分割合に応じて分担するのが相当である。

そうすると、その分担額は、タツ75,000円、孝治25,000円、サヨ8,330円、誠12,500円、勝12,500円、礼子16,670円となる。

よって、主文のとおり審判する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例